久保内科病院ホームページ開設にあたって

久保内科病院院長 久保 次郎

医療法人是心会 久保内科病院ホームページの開設にあたり、ご挨拶申し上げます。
 医療法人是心会 久保内科病院は、現名誉院長 久保謹平が30歳のとき現在の所(田原町、西肥大野営業所横)に前身「久保内科医院」(一般2病室5床)を昭和32年7月1日開設し、昭和37年1月1日に現在の「医療法人久保内科病院」(一般17病室41床)としております。その後昭和39年12月7日一般24病室73床、昭和43年3月7日一般26病室79床、昭和63年2月3日一般40病室96床へ変更し、平成元年3月22日には新館を増築し病室、外来を移転しました。平成15年6月3日に医療情勢を踏まえ一般病床30室73床、療養病床12室23床へ変更しております。
 私の小さい頃は、病院から300mくらい離れたところにある古い酒屋に祖父母、父 謹平と母、現理事長 兄 啓吾と暮らしておりまして、そこから父は病院に通っておりました。夜中にでもよく往診に山奥まで出掛けていました。野菜をもらって帰って来たり、お酒をごちそうになってきたりしていたそうです。時間に関係なく、希望がある患者様は、いつでも診察するという考えが根底にあったようです。これは、一番大事な基本ではないかと思われます。つまり、症状があり患者様が医師にみてほしいと希望されれば(稀に例外はありますが)それが時間外であっても、いつでもみるということがあたりまえのようなのですが今と違って時間外のマンパワーが乏しかった当時は大変なことだったろうと思います。
 治療方針は、癌はしつこいくらい追っかけ、少し怪しい病変があれば、くどいくらいに胃カメラをする。何度も胃カメラをすると胃ガンができると思われるくらいに情熱をもって検査して早期発見、早期治療に努めていました。また生命については寿命近くであれば、あっさりしており御家族ときには本人にも『命のはかなさ』を説き納得させるというような、僧侶より僧侶らしくみえるときもありました。病院がこれまで育ってこれたのは、とても優秀な先生方の助けがあったためと思います。私の小学校時代からは片山曄先生、山本秀満先生、別府良彦先生等、学生時代からは今でも大活躍していただいている現副院長の坂口洋司先生のお陰と感謝しております。またこの病院は昔から看護婦(師)の評判が良く、優しく慈愛に満ちた気持ちで接するという、あたりまえのようで難しく学校では学びにくい教育指導を歴代の古川、立石、山本総婦(師)長が脈々と行っているのは財産でもあります。
 平成元年に新病棟ができたのにあわせ、兄と兄嫁と私、内科・神経内科専門医の延原幸嗣先生が加わり、また長崎大学第2内科からも、常勤で3名の先生に来ていただいております。今年の1月から院長を拝命し、新しい体制となり皆で一丸となって、先人の先生方が築き上げてこられたよき伝統をうけつぎ、人としての“こころ”をもって病める人に接し、地域医療に貢献する更により良い病院を目指し努力いたします。

平成16年12月3日作成


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